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 「仙台の空港も津波に襲われた。私も降り立っことのある場所だ。田んぼのある平和な風景も失われたことが、ひどいショックだ。テレビにはたくさんの映像が流れたが、ここで誰もが追体験できる」。ロサンゼルス郊外から隣人を誘って来たというジョン・フィックさん(75)が語りました。  妻の和枝さんは仙台の南にある宮城県亘理町の出身。宮城県南の被災地は、夫妻にとって大切な古里なのでした。本家がある荒浜地区は、鳥の海という美しい浦と阿武隈川河口に挟まれた、のどかな漁村でした。震災後に単身帰郷し、「おじ、おばの家族は避難して無事だったけれど、津波で、家がすべてなくなってしまった。信じがたい思いだった」と話しました。遠く離れれば離れるほど、望郷の念も憂慮もまた深くなるのでしょう。
 ロサンゼルスでは、1994年にM6・7の大地震があり、57人が亡くなり、重軽傷は約5400人に上りました。「その体験に加え、日本の震災が太平洋の対岸で起きたことで、こちらの関心は高いんだ」とフィックさん。私は別の人から、被災地のがれきとみられる漂流物が最近、北のワシントン州で見つかったとのニュースもある、と聞きました。

余震の中で新聞を作る59~戦友の旅立ち (via clione) Via clione clitiques
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